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asagao’s blog

日記と雑記、読書メモは個人的感想でネタバレ含みます。

「知らない」という幸せ

かなり前、テレビで見た。

チョコレートの原料の生産国。

幼い子供たちが働いている。

そこへ学生をつれて行き、その子供たちとの交流を特集するといった内容。

チョコレートを見たこともない子供たちに、無邪気な学生は食べさせてあげよう、そう提案して持っていたチョコレートを配った。

私は一抹の寂しさを感じた。
不安を感じた。

彼らは喜んで食べた。
驚いて食べた。
惜しむように、指までなめていた。

彼らは知らなかった。
こんなにも、美味しいものを作っていたことを。

彼らは知らなかった。
こんなにも、美味しいものを、当たり前のように食べている人がいることを。

彼らは知らなかった。
自分達は、こんなにも美味しいものを食べられないという現実を。


もしかしたら、彼らはもう、
チョコレートをみることも、食べることも無いかもしれない。

何度も思い出しては、
「もう一度食べたい。」
そんな風に思うだろう。

知らない方が幸せだったのではないのか?

子供たちは知っている。
頼んでも、親を困らせるだけ。
だから、心のなかで呟く。
子供は大人が思っている以上に、
大人の心を理解しているものだ。


ああ!どうか!
それが、苦しい生活から抜け出す希望を彼らに与えますように!
彼らの労働や努力が報われ、チョコレートを気軽に買える境遇への道が開けますように!

些細な事が、より高い生活への渇望や、目標になり得る事もある。
一個のチョコレートが、せめてそのような結果をもたらすなら、意味があったと言えるだろう。


でも、結果はどうだろう?
そこまでテレビは追いかけはしない。
その場限りの感動物語で終わるのだ。


彼らは、もう一度チョコレートを食べられるのか?

それとも、一生に一度だけの良い思い出になるのだろうか?

やはり、知らなかった方が幸せだったのではないのか?

私はキャビアを食べたことがない。
だから、キャビアを食べたいなどと、思った事はないし、キャビアを食べられない事で不幸だと感じた事はない。

しかし、良さを知ってしまえば欲しくなる。
いらない悩みが増えるだけではないのか。

そんな風に思う。

もう、何年も経った。それでも、忘れられない。

あの時の子供たちは、もう大人になったろう。
夢を叶えた子供はいるだろうか。
厳しい労働条件は改善されたろうか。
彼らはチョコレートを思い出しているだろうか。
もう、その味も香りも忘れてしまっただろうか。

共にチョコレートを食べ笑い合った学生たちのことを、よき思い出にしてくれているだろうか。

こんな心配は、私の杞憂であれば本当に嬉しい。
私は、心配しすぎているのかもしれない。
私は今も思い出すたびに、彼らの事を思う。