asagao’s blog

生きる力を。。。

モンテ・クリスト伯 読書メモ12

ファリア司祭

老いたる賢者。
知性の閃き。


獄丁はいつも、彼を「きちがい」だと嘲る。
視察に来た検察官は、その話を聞きファリア司祭を見て確かに「きちがい」だと思い込む。


先入観とは恐ろしいものだ。
他者の評価を下げる先入観を植え付ける人間は最低だ。


獄丁から先入観を植え付けられずに、最初から彼の話に耳を傾けていれば、この検察官判断は変わっていたかもしれない。

噂や他人の評価は、当てにはならない。

真実は自分の目で見、自分の耳で聞き、状況を鑑みた上で、慎重に導きだされなければならない。

「あの人がこう言っていたから、こうだろう。

あの人がこう言っていたから、やっぱりそうなのだ。」

そのような安易な判断では人生を誤る。

人に自分の人生の選択を委ねるようなものだ。

この世界に、信頼できる人間が、いったいどれほどいると言うのか。

自分が大事な者ばかりではないだろうか。


見渡せば誰もが、

「自分が最も優れている。自分以外の人間はバカばかりだ。」

そう思ってはいないか。


「どうして、あんなことをするのか理解できない。」

そう言って他人を嘲る者が大半だ。


自分にとって都合の良い判断しか出来ない浅はかな人々の噂話。

そんなものに惑わされてはいけない。


真実を見抜くには、自分の目と耳頭を使って、自分で考える必要がある。

自分が判断を下すのだ。

人に自分の人生の選択を委ねてはいけない。


獄丁と検察官は視察に満足した。
ファリア司祭を確かに「きちがい」だと認め、その場を去って行った。
それは、目に映る事実。

真実は、叡智あるファリア司祭の巨万の富は事実であり、ダンテスの無実も事実だった。



ダンテスとファリア司祭。

この、シャトー・ディフに囚われ、死者として生きる。

彼らはお互い近くにいながらも、まだ出会うことはない。

まだ、越えねばならない試練があるからだ。