asagao’s blog

asagaoの観察日記。

モンテ・クリスト伯 読書メモ14

さて、遂にダンテスはファリア司祭と出会う。

そして、彼は覚醒する。

ファリア司祭の叡智によって、まさに目覚める。

ダンテスは、石に囲まれた牢獄の中では何も出来ないと思っていた。そして、死まで考えた。

しかし、一方で強靭な精神力を持ったファリア司祭は、同じ牢獄の内で絶望するどころか昼も夜も「仕事」に没頭していた。

脱獄の為の道具を作り上げ、日差しで時と方角を知り、断崖から飛び降り、荒海を泳ぎきる決意のもと、行動し続けた。


精神力。


まさに、不屈の精神力を持つものこそ幸福だ。


ファリア司祭は、希望を捨てなかった。目標を捨てなかった。


故に、絶望の囁きをしりぞけ、落胆の怠惰から逃れる事が出来た。

ここなのだ!


人生の損失!!


それは、希望を失うことによって訪れる怠惰!
何もかもイヤになり、生きる気力を失い倒れ伏す。



そして、人は「時」を失う。



これこそ、絶望の罠。
人は例え牢獄に囚われようと、出来ることがあるのだ!

ダンテスは、自分よりも弱く年も上のファリア司祭が成し遂げた偉業を知り、自分になんの不可能があるだろうかと気づく。

自分は「絶望する必要など無かった」事に気づく。

そうなのだ、人間はいかなる状況であろうと、
絶望する必要など無い!

ダンテスは、問う。

「もし自由の身でおいでだったら、どんなことをおやりになれたでしょう? 」※1


「何もできなかったことだろうよ。」※2
ファリア司祭が答える。

人智のなかにかくれているふしぎな鉱脈を掘るためには、不幸というものが必要なのだ」※3

不幸とは、自身の中に眠る鉱脈を掘る好機。


人は苦しみを乗り越えた分、人格に厚みが出る。
楽に楽しく、何の不自由もなく生きていることは、一見幸せそうに見えるかもしれないが、一面不幸な人生でもある。
自分に秘められた、隠された力を発揮できないという点で。


人生の真実の歓びは、困難を乗り越えるところにある。
困難によって磨きあげられる、自分自身に気付き驚く事にある。そして、その手に入れた叡智と力を自身と他者の為に使う事にある。



ダンテスは、ファリア司祭の叡智ならば、自分の不幸の原因も分かるかもしれないと思い、事の成り行きを話す。

司祭は深く考え込むと答えた。

「意味深長な一つの法律上の箴言がある。」※4

「曰く、犯人を見付けるためには、まずその犯罪によって利得するものを求よ!」※5

時代、国を問わず、これは確かな真実だ。

ダンテスが、その言葉を聞き、
自分のような取るに足りない人間で、得をするような人がいる訳が無いと言うと、すかさずファリア司祭はたしなめる。

「そうした返事をしてはいけない。そこには、論理と哲学と、双方ともに欠けている。」※6

そういうと、全ての人間の周りには小さな利害関係の世界が有ることを告げる。

客観的に見た場合、自分を卑下し考察の目を閉じる事は愚かだと言うのだ。

記憶を辿りながら二人の間で交わされる、いくつかの問いと答え。

闇夜に射し込む黎明の光の如く、少しずつ謎がとけ、今思えばはっきりとした証拠があったことに気づく。

ファリア司祭の叡智によって、ついに、ダンテスを陥れた犯人が誰なのかが暴かれる。


※1~6岩波書店 アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、モンテ・クリスト伯一。


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