モンテ・クリスト伯 読書メモ27
アルベールの楽観主義。
誘拐されたにもかかわらず、ぐっすりと眠りこけるアルベール。
モンテ・クリスト伯は、それを見て思わず微笑する。
その意味は何だったのか。
メルセデスの息子らしいと思ったのか。
むしろ、みじめに震えおののいていたらモンテ・クリスト伯は落胆したかもしれない。
少なくとも、フランツは名誉を失わずに済んだ事を喜んでいた。
単純に身代金が用意できることを信じきっていたとも思える呑気さ。
起こされると素直に喜び、モンテ・クリスト伯に握手を求めるアルベール。
モンテ・クリスト伯は、差し出された手に身震いする。
ここの描写は秀逸だ。
人間の心理を的確に描いている。
害意を抱き近づくモンテ・クリスト伯に、無邪気に手を差しのべるアルベール。
モンテ・クリスト伯が身震いしたのは、自信の良心による。
鉄の意思で復讐を誓ったモンテ・クリスト伯だが、
その実、罪の意識を常に振り払おうとしているのがわかる。大袈裟な高笑い、侮蔑の言葉、これは自分自身に言い聞かせているようにも取れる。
アルベールの無邪気さ、無垢、メルセデスの子供という本人には罪の無い立場。
ダンテスの本質的な優しさ、良心が顔をだそうとする、その葛藤。
これも、伏線だったのだ。
この後アルベールとの決闘で、モンテ・クリスト伯は自分の死を選ぶ。彼は復讐よりも、自身の良心に従う事を選んだ。
つまり、他者が生き残り、自分のみが死に行くことを微笑を持って受け入れた。
「人間に栄光あれ!」
その言葉が、本来の意味を取り戻す。
人間に対する徹底的な不信感。
そして、人間をどこまでも信じるという相反する思想が織り成す綾。
この社会の縮図。
どちらも、真実だ。
人間は卑しくもなれば尊くもなる。
複雑に絡み合い、時に卑しく、時に尊くなるのが人間だ。
しかし、中には勤めて美しく、気高くあろうと努力する者もいる。
私は、そうありたいと願う。
人として死にたい。
獣となって生きたくは無い。
美しくありたい。
美しく生きたい。
では、美しさとは何だろう。
美しい生き方とは何だろう。
この物語は、あらゆる生き様を描きながら、単純明解に答えを出してくれる。
そうだ、難しい事ではないのだ。
ただ、静かに良心の囁きに耳を傾ければいい。
時に激しく、鋭く、時にあたたかく、優しく。
ただ、優しいだけではない、鋭い強さも秘めながら、光りと熱を放つ炎のように、自分の命を燃やして生きる。
生き生きと、喜びをたたえ、後悔なく生きる。
煩わしい他者の評価など関係ない。
自身に恥ずべき事の無い生き方。
後悔の無い人生。
人として生きる道。