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asagao’s blog

ほぼ日記と雑記。読書メモは個人的感想でネタバレ含みます。

モンテ・クリスト伯 読書メモ33

モンテクリスト伯 読書メモ

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エロイーズとエドゥワール。


さて、ようやくヴィルフォールの現在の妻、エロイーズが登場。

そして、ヴィルフォールの息子、幼いエドゥワールも。
この、エドゥワールがまた憎たらしく描かれている。

ブロンドのベネデットと黒髪のエドゥワール。
どちらも父親譲りの性格。
ヴィルフォールの血はしっかりと受け継がれている。


血は争えないと言うが、本当に子供は親の生き方、価値観を受け継ぐ。
DNAに価値観や、性格も組み込まれているのだろうか。


エロイーズは、エドゥワールを溺愛している。
子供の為ならどんなことでもしようとするのだか、その方向が何やらおかしい。

子供の幸福は財産だと考えたエロイーズは、親族の毒殺を計画中。しかも、そこまでモンテ・クリスト伯は推測しており、今回の章でその真意を探る。

それにしてもエドゥワールが、自分の命を救ってくれたアリに対して「醜い」と馬鹿にするシーン。

アリはじっとエドゥワールを見る。

この場面は、デュマの公平な思考に驚く。
デュマが生きていた時代、まだ奴隷は珍しいことでは無かったのでは無いだろうか。

デュマはアリを「聡明な」と描く。

モンテ・クリスト伯は、「この男は奴隷」と人前では呼ぶけれども、信頼を肩を叩く素振りで伝えたり、アリの心服の様子からそのような関係性とは到底思えない。
人対人の揺るぎ無い公平な土台の上に、主従の関係が存在する。
それは、ベルツッチオとの会話でも感じた事だ。



デュマは「善」とする登場人物に対する敬意はすこぶる篤く、逆に「悪」を体現する登場人物に対しては激しい嫌悪感と侮蔑が現れる。

これがまた、読者には心地よい。

物語の中では、善は強く至高、悪は惨めな敗残の姿をもって描かれる。

それでこそ、と思わせるストーリーなのだ。


現実は、卑怯で悪賢い人間が上手く立ち回り、真面目な人間が正当な評価を受けられない場合が多い。

この物語は、そういったストレスからの解放の時間を与えてくれる。

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