読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

asagao’s blog

日記と雑記、読書メモは個人的感想でネタバレ含みます。

モンテ・クリスト伯 読書メモ47

f:id:kazbot:20160730212416j:plain
「伯爵に褒められるベルツッチオ」

すっかり姿を変えたオートィユの邸。

伯爵の命令通りどころか、それ以上に整えたベルツッチオの不安と期待。

それに対して伯爵は「よし!」の一言を与えるだけ。

しかし、その一言にベルツッチオは満足する。

隅々にまで張り巡らされた気配り、膨大な仕事量。
命令の達成を、たった一言で「報われた」と相手に思わせる。

それが、モンテ・クリスト伯という人物。

デュマは綴る。
「それほどまでに身のまわりの人々に、大きな、力強い、あきらかな影響をおよぼさずにはいないのだった。」※「モンテ・クリスト伯爵 四」アレクサンドル・デュマ山内義雄岩波書店


アリもベルツッチオも、荒くれ者の山賊も心酔し従順になってしまう伯爵の魅力とは何か。

人を従える力、その魅力とは。
富(報酬)でもなく、権力でも脅迫でもない力。


それは人格の力だ。


人は相手の人格に打たれ敬意を抱くと、その尊敬する人物に認められる事が最大の価値を持つ。

自らが尊敬する対象に認められる事は、自らもまたその尊敬の対象に等しいという満足感を与える。

確固たる価値観、相手を心の裏まで見通す鋭さ、労力に見合う承認。

この人物は、尊敬にあたいする。
この人物は、自分を理解している。
この人物は、間違いない仕事をした場合に正当な評価を与えてくれる。
この人物は、間違った事をした場合には容赦ない処分を下す。

人は道理に弱い。

人は常に理解されたいと思っているし、
正当に評価されたいと思っている。


しかし、現実は矛盾が多く必ずしもそうとは限らない。

だからこそモンテ・クリスト伯のように人の痛みを知り、悲しみを知り、恩を知る人物は珍しく魅力的だ。
そして更に、その優しさを隠してしまう冷徹な仮面と、哀しみの鎚によって鍛え上げられた鋼の様な精神。触れれば切れるほどの鋭さを持った哀しみの剣が、復讐の炎に包まれ、胸深く仕舞われている。

優しさだけではない、その強さ。

それもまた魅力的だ。


苦しみと、哀しみ、そして不正に対する怒りほど、人を強く美しくするものは無いと思う。


若い時に砂を噛むような哀しみや、苦しさを知らない事は実は不幸なのだ。

この物語の中には、哀しみも苦しみも知らずに育った青年が何人も現れる。
そう、彼らは普通の青年。
普通の人生を歩み、普通に年を取り死んでいく。
それも一つの人生だろう。

しかし、モンテ・クリスト伯のように極限まで精神を鍛え上げられるのも悪くない。

普通の青年にとっての悩みが、モンテ・クリスト伯にとっては悩みではないように、全く違う視界を持って人生を生きるのも楽しいものだ。


人は自分の歩んだ人生を通して世界を見る。

だから、人によって見えるものが違うのだ。

同じ出来事を見ても、
表層的な事しか分からない者、
真相が分かる者、
これから起きる事まで分かる者がいる。

人生を楽しみたいなら、苦難を恐れてはいけない。
今の苦難を楽しむくらいでいい。

同じ生きるなら、深く生きよう。
強く、賢く、冷静に物事を見極め生きよう。

年を重ねるほどに、他者を見抜ける人間になろう。

そういう人間が増えれば、この世はもっと住みやすくなるはずだ。