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asagao’s blog

日記と雑記、読書メモは個人的感想でネタバレ含みます。

モンテ・クリスト伯 読書メモ57

昔語り。
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エデが白く細い指先で触れる、日本製の茶碗。
この物語に「日本」という単語が出てくることは嬉しい。
東洋的な物、異国の風情の一つとして日本の陶器が取り上げられたのは興味深い。
更に、エデはそれをとても気に入っているという描写が入る。
デュマが生きた時代は、パリ万博の開催やジャポニズムと呼ばれる流行で日本の陶器に対する関心も高かったのだろう。デュマ自身も好きだったのだろうか。

幼い頃の思い出を聞かれたエデは、肉体の目で見たことは往々にして忘れるが、心の目で見たものは忘れないと答える。

この「肉体の目」と「心の目」はデュマが常に書き分けている重大なキーワードだ。

目に写る「現実の事象」と、その「内面に潜む事実」は時に全く異なっている。

モンテ・クリスト伯は常に現実の事象を見つつ、その裏に隠された相手の真意であるとか、策略であるとか、焦り、恐怖などを的確に「見て」いる。

優れた「心の目」を持たなければ、「肉体の目」に左右され、正しい判断は出来ない。

常に悪人との闘争である人生において、それはつまり、敗北の人生を招く原因となる。

人生を単なるお人好しで終わるのか。
相手の真意を見抜き、価値ある人生を勝ち取るのか。その選択をこの物語は迫っているようにもみえる。


運ばれてくるアイスクリームとシャーベット。

アルベールは、エデの美しさ、聡明さに感激し思わず過去の話を求める。
もしかしたら、彼女の口から父の名が語られるのではないか。
誇らしい父の過去が語られ、自分の自尊心をおおいに満たしてくれるのではないか。
アルベールの性格らしい申し出だ。

モンテ・クリスト伯ギリシャ語でエデに忠告する。

「お前の父の出あった運命のことを話してきかせるがいい。だが、裏切者の名や、裏切りそのものについては話してはいけない」※

エデは深いため息をつく。
思い出したくもない辛い過去を思い、その表情には影がさす。

そして、過去が語られる。

このエデの昔語りの場面は、この物語の中でも特に胸打たれる名場面だ。

アリ・パシャの名を告げるエデ。復讐を秘めた思いから溢れる威厳ある言葉に、何かを感じ震えるアルベール。
彼女の過去は悲しみに満ちていた。

敵から逃げる際の、鬼気迫る母の一言。
駆け降りる長い階段。
ゆらめく松明の炎。
父の腹心セリムが守る地下室での時間。

ありありと、その「時」を感じさせる名文。
これは、山内義雄訳でなければ感じられない。

卑劣な策略によって命を落とすセリム。
そして、壮絶な最後を遂げるアリ・パシャ。

彼女の昔語りのラストに語られる母との死別。

奇しくも同じ人物の卑劣な嘘によって、過酷な運命へと突き落とされたエデと伯爵。

複雑に絡み合う運命の中で、はっきりとした絆を感じさせる二人。

後半では、何もかも見通す伯爵が、見落としていた事実に気づく場面があるが、ここも人生の醍醐味。

不幸に慣れた者は、不幸には不動で対処できる。
しかし、いざ幸福に直面すると信じる事が出来ない。

自分が幸せになるということが信じられない。

幸福になるのが、罪な事のように思ってしまう。

デュマは、そんな時にも寄り添う。

そして、語りかけてくれる。


どれ程不幸な人生を生きていたとしても関係ない。

人は幸福になる権利を持っているのだ。

幸せになっていいのだよ、と。


私にはそう思える。

アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、モンテ・クリスト伯爵五 、岩波書店