モンテ・クリスト伯 読書メモ84 ネタバレ含みます。

身を断つ

 

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アルベールは悲壮な決意と共に騎兵隊として旅立ち、ベネデットは牢獄で伯爵からの救いの手を待つ。

ヴィルフォール邸に重ねて降りかかる不幸は、そこで働く者を怯えさせ、全て従者は新顔に変わった。


自分の邸で起きた連続殺人。
ヴィルフォールの心に立ち込める疑惑は、もはや確信に変わり、その断罪の時を決めかねていた。

いかにして我が身を守るか。
ヴィルフォールの心に満ちる自己保身。

それを見透かすようなノワルティエの視線。

散歩中、全身不随の老人の視線に出会い、検事総長のヴィルフォールは震え上がる。

自在の肉体、地位、財産、名誉、権力、全てを備えたヴィルフォール。

そのヴィルフォールが、年老いた父がバルコニーから見下ろす視線に打ちのめされた。

心の底まで焼きつくされる、その眼差し。
恐ろしい威嚇。

たまらずヴィルフォールは、バルコニーの父に向かって了承の意を叫ぶ。

物言わぬ父に、「必ず」と、その意思の実行を誓う。


身動き出来なくとも、意思の力は人を動かす事が出来る。

ファリアやノワルティエの姿を通して訴えるのは、デュマが示す希望。

若さも、健康も、富も、環境も、地位も関係ない。
それらが幸福の条件ではない。
それらが無い事が不可能の原因でもない。

意思の力、希望の力が人を生かし、運命を変える。

ファリアの勇気と知恵。
ノワルティエの鉄壁の意思。

見た目は牢獄の囚人。
見た目は全身不随の病人。

しかし、その真実の姿はなんと美しく、気高い老人達だろう。

ダンテスや、マクシミリアンのような心ある青年に敬われるに値する人格を備えている。

そもそも世界はこうあるべきなのだ。

人生の経験者、先達を、若き者が敬い教えを乞う。
青年は、その若さと行動力でその理想を実現する。


それこそが、美しい世界のあるべき姿だと思う。


老人を愚弄し、老いた女性を痛め付ける醜い社会を、いったい何時から私たちは選んでしまったのか。

若さだけを尊び、恋愛や娯楽に興じることだけが幸福なのか。
否!否!人生の目的とはそんなものでは無い。

そうデュマは言っているのではないか。




ヴィルフォールの了承を、その耳で聞いたノワルティエはようやくその視線を外した。

ヴィルフォールは翌日決断を下す。

自身の妻に数々の殺人事件の罪を問い、その罪を隠す為に、暗に自殺をほのめかす。

震える妻、やがて狂気の妻の様子は、ヴィルフォールの人生における象徴的なシーンだ。

その人生で、幾度となく告げてきた判決を受ける側の描写は秀逸だ。

哀願、嘆願、不可思議な笑み、狂気、そして怒り。

部屋に妻を残し立ち去るヴィルフォールの最後の言葉は「さようなら」だった。

彼にとって、他者の命を左右する決断は、まるで朝夕のあいさつのようなものなのだ。

それが、我が身を断つまでは。




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