モンテ・クリスト伯 読書メモ88

呪い

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船上の伯爵の口から漏れた、呪いの言葉。

「呪いあれ、」と言った。「このおれを、あの暗い牢獄のなかにとじこめさせたやつらよ、おれがあそこにとじこめられていたことを忘れたやつらよ!」※モンテ・クリスト伯7巻282頁


自らの罪に呪われし者共よ。

閉じ込め、踏みにじり、己の罪を忘れた者たちよ。

その罪の報いを受けるべし。


決して揺らぐことの無い、迷いなき伯爵の声が聞こえるようだ。

そして、外套に頭をくるみながら、一人の女の名を口につぶやいた。(中略)それこそはエデの名にほかならなかった。※モンテ・クリスト伯7巻282頁


自分の信条を変えること、信じて来たものを捨てることほど苦痛を伴うものはない。

それは、過去の自分を捨てる事にも通じるからだ。

ダンテスは、メルセデスを愛している「自分」を捨てる事が出来なかった。
あたかも、捨てることが罪であるかのように恐れていた。

牢獄でも、愛し続け、苦しみ続けた、その自分。
何年も誠実に愛し続けたというのに、とうの昔に自分は捨てられ、裏切られていたという事実を認めること。
メルセデスの哀願に、それは嘘だった、自分は愛されていたのだと信じ直せるのであれば、伯爵は昔のダンテスの愛を抱いたまま死ぬことができた。

そして、一度はその道を選んだ。
悲しく苦しい愛だ。

愛し、愛されていると信じ続ける事。
その方が余程楽なのだ。

しかし、メルセデスは狂喜した。
息子が死なずに済むと。
もちろん息子に全てを話す決意はあったに違いない。
結果として、伯爵は生き延びた。

しかし、これが別の結末であった可能性はゼロではない。
そこにメルセデスの浅はかさが見え隠れする。

もし血気に逸った息子が伯爵を殺害してしまったら、恐ろしさのあまり仕方のない選択をしたと言い訳をするだろう。
伯爵の墓の前で涙をこぼし、愛していたと呟くだろう。
そういう女なのだ。


伯爵はようやく気づいた。

愛するに足る女では無かったことに。
朽ちた愛を捨てることは、罪では無いことに。


そして、自分に命を捧げる可憐な女性の存在に気づく。
自分の愛を求めてやまない人の存在を、ようやく迷いなき心で、しっかりと感じた。

人は誰かの為に生きるとき、はじめて生きることに意味を見いだす。

真実の幸福に満たされる。
それは、恋人に限らない。

それは、この世界のあるべき姿なのだ。
家族でも、知人でも、動物や自然のためでもいい。


自分の命を支える、この世界のすべて。

すべて繋がり、すべてが補い合う世界。

その中で、自分の役割を果たす。

何もかもが、何かの為に生きている。

人間だけが奪うだけで、何もしないのはおかしい。

伯爵に裁かれた人々は、自分の為だけに生き、搾取だけを生き甲斐とした人々であったことを思う。

善と悪とは、調和と破壊。

他者の幸福を破壊する権利は誰にも無い。


故に、破壊を好む者にデュマは言う。


「呪いあれ、」と。


※文中引用すべて、アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、モンテ・クリスト伯7巻、岩波書店。




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