モンテ・クリスト伯 読書メモ90 7巻読了

旅立ち。

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マクシミリアンとの約束の日が来た。

モンテ・クリスト島での再会。

希望を持てと言う伯爵。

希望を持つことを否定するマクシミリアン。


まるで、デュマと読者の心の対比だ。


希望。


言うことはたやすい。


それはデュマも分かっている。


希望を持っても目の前の苦しみは消えない。

問題がすぐに解決するわけではない。

その反論を、すべてマクシミリアンが語る。

わたしは、一ヶ月待ちました。つまり、一ヶ月だけ苦しみました!(中略)どういう希望を?なにかわからない、とほうもない、ばかげきった!奇蹟とでもいったようなもの(中略)どうかわたしを、しずかに楽しくお死なせください!※345頁


あの冷静なマクシミリアンが、最後には我を忘れて感情を爆発させる。


希望を持てば、その分苦しむ時間が増えるだけだと言う。

読者も、希望を叶える事が出来るのは僅かな選ばれし者だけ、大半は希望を持って努力しても報われないと、最初から諦めている。

その閉じられた心の扉を、デュマは力強く叩く。

ずっとそこにいるつもりなのか、と。

君の人生の主人公は君だ。

希望を持てば、牢獄でさえ出来る事がある。
あの、ファリアの智恵を思い出せ。

希望を持てば、全身不随でも出来ることはある。
あのノワルティエを意志の力を知っただろう。

希望を持てば、死の誘惑を退ける事が出来る。
ダンテスの勇気を見ただろう。

君には自由に動く体がある、
部屋を出る自由がある、
生きる権利を与えられている。

君は全てを与えられている。

運命を変える道具を全て持っているんだよ、と。





伯爵は室へマクシミリアンを招き入れ、静かに語り始める。

そこで、見えざる死を見つめる二人。

死を迎える時の苦しみに話が及ぶと、伯爵はその苦しみは、生きている事による苦しみよりずっと辛いと説明する。


しかし、決意を翻そうとはしないマクシミリアン。



伯爵は、死に対するマクシミリアンの覚悟を確認すると、そっと薬を差し出した。

薬を飲み、混沌の中へと落ちていくマクシミリアン。


伯爵が、ここまで回りくどいやり方で、マクシミリアンの心を確かめたのは、死を越える覚悟が、生を共にする覚悟であることを示していると思える。


ヴァランティーヌは仮死状態となる薬を飲み、命を懸けてヴィルフォール家から脱出。

マクシミリアンもまた、彼女を思い死を選んだ。
彼女に命を懸けた。

二人の愛が真実である事が証明されたのだ。

そこには、他の人でも良いと言う感情は微塵も感じられない。

本来の、知性ある人間の愛情。


それでなければ、苦しみの多い人生を共に歩むことは不可能なのだ。

しっかりとした愛情と絆が、苦しみを共に乗り越えるという幸福の軌道を確保する。


二人は幸福を手にした。
そして、その場で伯爵もまた、エデの愛を知る。


愛し、愛される事で、復讐に許しを感じる伯爵。

それが、与えられたものであるなら受け容れよう、そう伯爵は確信する。

翌日の朝、旅立つ船を見送るマクシミリアンとヴァランティーヌ。

復讐の果てに、全てを取り戻した伯爵の旅立ち。

朝日に輝く海。




希望とは、朝日のようなもの。


目を閉ざせば見えない。


しかし、目を開けその光を浴びれば、自分を取り巻いていた夜の闇は消える。

全てが、恐怖という心の目隠しを外され、鮮明に見え始める。

進むべき道、必要な物。

時を知り、運命を変える。

歩み始める時には、苦悩は消え、ただ、

目標が残る。


歩み続ける限り、希望は消えない。


歩み続ける限り、苦しみは追い付けない。


人生が終わるその日まで、1つの希望を叶えたなら、次の希望を絶やすことなく灯す。


止まらず、希望に向かって歩み続ける事こそが、実は幸福の正体。


幸福とは、ある一定の安定した状態を言うのではない、ゴールではなく、ゴールを目指し進む中に真の幸福があるのだ。

人は、安定した波風の無い状況を幸福と思っている。
しかし、実際にその状態になったとき、人は何を思うか。

それを、失うことを恐れ、恐怖する。

終わりの日に怯えて暮らす事になる。

もしくは、たまらない虚無感にとらわれる。

全てが満たされ不足がない状態は、実は人間にとって苦痛なのだ。

松尾芭蕉が、歩き続けた事に人生は似ている。


人生の荒波を乗り越えながら進み続ける事こそが最高に楽しく、生きている実感を与える。

その為に必要なエッセンスが希望である事に気づくべきなのだ。

それこそが、幸福の実態なのだから。





※文中引用 アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、モンテ・クリスト伯 7巻 岩波書店。